2006年09月01日

新しき時代

最近、NHKみたく淡々とニュースを伝える番組形式以外のニュース番組を受け付けられなくなってきた。
なぜなら、ここ最近の朝夕の民法各局の報道番組の、視聴率至上主義から来るものなのかはわからないけれども、執拗な煽り、もっと判り易く言えば当事者がしか持ち得ない様々な感情をスタジオで語ろうとするワイドショー的手法の見え透いた煽りが、非常に鼻持ちならないからだ。

古来より有名人のスキャンダルと悲惨な事件・事故の残照が大の好物である日本の主たるマスメディアは、『表現の自由』と『知る権利』というふたつの印籠を掲げ、日夜廃物漁りに余念がない。
他者の不幸をおいしいとこ取りで編集し、それを語り合うことで我々の日常とはいかに違うか、その距離感を浮き彫りにして安心感を、時には不安感を煽る。
つまりはいかにおいしそうにディスプレイし、そのおいしさを寸分漏らさず伝えることが最も大切なことであり、例えばTHE YELLOW MONKEYの歌にあるように、墜落事故そのものよりも乗客に日本人がいるかいないか、とことだけが強調される。
『他者の不幸は蜜の味』とは、云い得て妙。

視聴者も視聴者である。
人の手を介した情報はそれだけで『真実味』が薄れるということを失念しているのか、メディアによって提供されたものが100%真実であると思い込み、それを鵜呑みにする。
本来『やらせ』などは、「所詮こんなもんか」と視聴者を失望させるだけの単なる一事象に過ぎないはずなのに、さも重大な裏切りであるかのような扱いをされることが、それを端的に表していると言えよう。

なんと平和な世の中だろうか。


世の中は、ここ十数年で飛躍的に変化した。
手塚治虫が描いたような超伝導カーが走り回る近未来的な時代こそ訪れていないものの、でも確実に、先人達が想像すらしえなかった時代に、私達は生きている。
『情報』という名のとてつもなく巨大なコンセプトに支配された、複雑怪奇なる時代に。

昔の人は、生きるために皆必死だった。他に追いつき追い越すことが至上の目的であった彼らは、皆が知恵を絞り、考えを廻らせ、各々の人生を生き抜いてきた。量も精度も低い情報を寄せ集めて、判断と決断を繰り返し、各々が目指す幸せの『形』を実現すべく、日夜邁進してきたのだ。
ところが今は違う。
多種多様で尽きることを知らない泉の如く次から次へと湧き出てくる情報は、奔流の如く人と人との間を駆け巡る。何かを形作るということのないその流れは途轍もなく速く、スタンダードと持て囃されるものは、次の瞬間には時代遅れのガラクタと化す。
そのために多くの人は考えることを放棄し、よって生きる目的はあらためて探さなければならないものとなってしまった。
言い換えれば、あえて生きる目的を探さなくとも全然問題なく生きていけるほどに、この世の中は成熟しているのだ。


そんな時代に我々は、各々が一個の人間として、生きている。



この新しき時代を生きる我々は、もし自分が自分として生きていこうと思うのならば、他の誰でもない自分の名において、常に責任を持って択び続けなければならない。
『皆が持て囃すものは、そこにそれなりの理由があるから持て囃されるわけで、故に持て囃しても良い』という大衆迎合的な慣例重視主義は、最早時代遅れのものである。

多種多様の情報も、テレビのついたワンセグ携帯も、それは必ずしも必要なものであるとは限らない。
自分にとって必要なものだけを取捨選択していくこと、的確に取捨するために、事象を認知し、判断し、行動するために『考える』こと、そして時には『択ばない』という逸脱した思考ができる柔軟性を持つこと。
それがこの時代を生きる我々に必要な、最も大切なことなのではないのだろうか。



いい時代になったものだ。
多くが考えることを放棄してくれたおかげで、ちゃんと考えれば、そしてその方向性が間違えていなければ、いくらでも上を目指して行ける。
無限大の空の、さらなる高みを目指して、飛んで行きたいものだ。  

2006年08月21日

靖国 Part2

ある日突然、他人にこう言われたら、あなたはどう思うだろうか。
『私は、昔あんたの先祖に酷い目に遭わされた。それを知らずにあんたは先祖を敬っている。このままじゃ私の気持ちが収まらないから、清明祭もお盆もやるな。もしくは私を酷い目に合わせた人だけお墓を別けなさい。そうすれば文句言わないから。』
ま、殆んどの人は無視するよね。

今騒がれている靖国問題、その本質は一体何処にあるのだろう。
靖国って何?『A級戦犯』って何?靖国に参拝することの意味は?それにケチをつける中韓の真意は?
そういうことに対する議論と認識があまりないまま、ただ行動だけの是非を問う方向で、問題が一人歩きしている。

今日はヒマなので、上記各々について少し考えてみることにしよう。


まずは、『A級戦犯』から。
飲酒運転でつかまった人が、罰金もきちんと払い、失効期間も過ぎて、「さああらためて免許を取ろう!」と思って教習所に行ったら、「あなたは酒を飲んで運転するような人なので、入校を拒否します」と言われた。
これは、重大な人権問題である。
『刑罰』というものは犯した罪に対しての代償であり、刑が完了した暁には、「罪を償った」ということで法律上は何も罪のない状態に戻る。
その観点から見れば、『A級戦犯』と巷で呼ばれている人達は、その死をもって罪を償ったと言える。
その死から半世紀以上経っても尚その罪を持ち出すことは、死して罪を償った人たちに対する重大な人権問題であり、『刑罰』という概念を、さらにはそれを規定する法律をも侮辱することであり、「死人に口無し」と死者を鞭打つ行為であることに他ならない。

『法治国家』とは、法に基づいて国家運営が為されている国家のことを指す。
私的感情が優先されるようでは、法治国家とは言えない。
さて、個人的感情を拡大解釈して騒ぎ立てるだけに留まらず、あまつさえ外交カードとして圧力をかけようとする中韓両国。彼らが主張の根拠とする東京裁判の正当性は、大いに疑問視されているにもかかわらず。
さらにそれを必要以上に煽りたてるマスコミも、それに踊らされる人々も、もう一度『法』と『人権』というものを一から勉強してみてはいかがだろうか。


さて次に、靖国に参拝することの意味。
宗教を持たない民族として世界的に有名な、我々日本人。
バレンタインやクリスマスといったキリスト教的イベントが当たり前のように持て囃され、世界各地の土着宗教の宗教的装飾物を流行り廃りで愛用し、願い事や願掛けは神社、冠婚は仏教式とキリスト教式が選べ、葬祭は主に仏教。
そんな傍から見たら節操のないように映る日本人も、祖先の霊を祭ることだけは、日本在来の民族行事として連綿と受け継いできた。
『靖国神社』は、大日本帝国か日本国かの違いはあれど、『日本』の為に戦役に付し、戦没した人々を祭る神社である。だから靖国に参拝することの意味は、そういう『日本』の礎となった人々に敬意を表し、顕彰崇敬することに他ならない。
それを、自らの価値観のみで頭ごなしに否定することは、日本独自の文化を全面的に否定し、且つそれに基づく日本人の感情を侮辱することであり、それこそある意味でかの国が最も忌み嫌う帝国主義的な行為であると言っても過言ではない気がする。

過去を素直に認め、堂々とそれを受け入れ、それを範として二度と過ちを繰り返さないようにすることが、『歴史から学ぶ』ということである。
いいとこ取りだけで臭いものに蓋をしてしまえば、とりあえずの見栄えはいいけれどもいつかその匂いを感じることができなくなったときにまた同じ間違いを繰り返す。
『分祀』という言葉が平然と出てくること自体、歴史に学ぶ気が全くないことを示しているようで、なんとも情けない。



まぁ中韓が個人的感情を拡大解釈して騒ぎ立てるのは別に勝手にやらしとけばいいことだからほっといて構わないけど、日本のマスコミ連中がしたり顔で中韓に同調し、靖国参拝を否定することは、誇り無き日本人の場当たり的な行動原理をあからさまに露呈しているようで、最早怒りを通り越して情けなくなってくる。

そして、それを鵜呑みにする人たちに対しても、情けなくて涙が出てくる。
少しは自分の頭で考えてから、ものを喋りなさい。  

2006年08月14日

『生きる』ということ

まずは、この詩を紹介しよう。
孤高の奇才、藤村操が華厳の滝に身を投じる直前に書き残した、所謂彼の遺書である。


巌頭之感

悠々なる哉天襄、
遼々なる哉古今、
五尺の小躯を以て此大をはからむとす、
ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチィーを値するものぞ、
万有の真相は唯一言にしてつくす、
曰く「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶終に死を決す。
既に厳頭に立つに及んで、
胸中何等の不安あるなし、
始めて知る、
大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。


オレはよく無駄に思考するが、全ての思考は結局のところ常に唯一つの結論に至る。
『曰く、不可解』。
別にかっこつけてるわけじゃない。万有の真相は結局のところ須らく不可解であるからなのだ。


自分が自分として生きている以上、全ての物事の中心には自分がいる。
故に『自己中心』として生きよ、というのはオレの座右の銘だが、自分を中心におかずに全くフラットにして達観すると、自分自身ですら不可解であり、よって全ては不可解である、という結論にしか至りえない。
つまりは、我々がいかに自分の思い込みを基にして日々を送っているか、ということだ。


自分がなぜ生きてるかなんて、自分が生きてる意味なんて、誰にもわからない。
でも、だから生きている意味がないか、と言うと、おそらくそんなことはない。
その意味を問うこと自体が『不可解』であり、故に万有は不可解である。

若きウェルテルは失恋によって生きている意味を見失い、藤村操は厭世的思考によって自殺した。
ただ一つの事象のみに意味を見出すことは危険であり、意味を問うことは『生きる』ということを遂行する立場から言えば、全くの無意味なこと。

意味は問うものではなく、見出すもの。
『一般市民』や『大衆』という大枠の中に存在する自己ではなく、唯一の自分としての自己の確立を図っていけば、自ずと見出せるはずである。
向かう方向さえ間違えていなければ。


願わくば、『only one』という言葉が、外に向かうベクトルではなく内に向かうための言葉として存在する、ということを、多くの人が気づかんことを。  

2006年08月07日

離島旅 ~石垣島~

同じ沖縄なのに、意外と東京よりも遠い存在である、宮古・八重山。
全国各地を巡り、残すところ道東、北陸能登、山陰、南四国だけとなったオレにとっては、
この先島地方は当に灯台下暗し。慶良間以南は全く知りません。
とゆーわけで、強引に都合をつけて石垣に行ってまいりました。ついでに小浜島にも。


今回の相棒。
ほんとはmyバイクで行きたかったのだが、船便の都合で一緒には行けず、しょーがないのでレンタル。
でも、砂浜・山道と道なき道を走ることを楽しめたのは、こいつのおかげです。

沖縄本島では最早見ることのかなわない枝振りのいい立派な松と、
沖縄県下最高峰の於茂登岳。
山麓に広がるは、ただただ畑と田圃と牧場のみ。
全周150km足らずの狭い島なのに、本島にはない雄大な景色がそこにはある。

かの有名な、川平湾。
海は恐るべき透明度を誇り、白い砂浜から深みにかけてのグラデーションは、人の手では絶対に表現できない大自然の贈り物。たとえ真珠の養殖が成功してなかったとしても、おそらくここは名所であっただろう。ただただ、美しい。

島最北端の平久保崎(左)と島西端の御願崎。
うっすらと丸みを帯びた水平線は、我々が住むこの大地が実は球であるということを思い起こさせる、唯一のものである。
海は果てしなく広い。


それ以外にも、沖縄の原風景たる小浜の町並み、夕陽沈む西表の島影、流れ降る満天の星空と南群星(はいむるぶし・南十字星)、海辺に佇むヤドカリやシオマネキ、遠慮なく道路を横断してくるクイナ、悠々と飛翔するカンムリワシなど、写真に収められないたくさんのものを、存分に楽しむことができた。
干潮時にのみ姿を現す幻の島に上陸叶わなかったのがいささか心残りだけど、でも大満足の旅でした。


自然の豊かな美しさと、沖縄ならではの原色のコントラストと、本島以上にゆったりとした時間が流れる、南西に浮かぶ楽園群島。
おすすめです。  

2006年07月27日

バイクに乗ることの意味

人生とは、あてなき道を、数々の障害を乗り越えながら、常に死と隣りあわせで歩んでいく、旅である。
そしてバイクに乗るということもまた、ある意味において同じ。

車はいかにも快適な乗り物で、悪天候のときやいざというとき、そして居場所を見つけられないとき、身体を張って守ってくれる。暑い日も寒い日でも快適さを約束してくれる。
しかしバイクは違う。
いかにも不安定で頼りなく、季節や天気に左右され、危険は常に傍にあり続ける。全天候対応・多用途の車に比べたら、応用力のない不便極まりない乗り物である。
でもだからこそそれに乗ることは、困難と隣り合わせの『旅』といえるのだ。
決して、楽しいばかりの『旅行』ではない。


オレがバイクに乗るのは、バイクに乗るという行為が、なにものにも囚われない『自分自身』を中心に据えて生きる目指すべき生き方そのものであるからだ。
ともすれば圧倒的な『他』に押し流されてしまうこの世の中で、緊張感を持って自分と向き合える場所を、オレはバイクの上しか知らない。

自分だけ、という孤独感の中、『死』と隣り合わせの緊張感と共に、自由と開放感がそこにある。
バイクに乗る意味は、そこにある。


だからオレは、バイクに乗り続ける。
上を見上げれば空は何処までも高く、前を見据えれば道は何処までも続いている。
どの道を択ぶも自由、間違えてると感じたらその場で引き返せばいい。
その気軽さもまた、バイクという存在の魅力だから。

そしてオレは今日もまた、地上数十センチの低空を、間断なく爆発を繰り返す熱い鉄の塊と共に、ただひたすらに、あてもなく、轟爆音を響かせながら、何処までも続く道を、滑るように飛んでいく。  

2006年07月26日

『先入観の奴隷』

前項の『逸脱せよ』と連なる言葉。
オレの思考&行動原理の一つの指標として、常に座右の銘として傍においている言葉です。

人は全ての意思決定と行動において、先入観を重要視する傾向にある。
「世間一般にいいと認知されているものは、それなりの理由があって認められているものだから、やはりいいものだ」「一般に通用するもの、前例あるものは無謬だ」という同一価値観の現状認識・前例偏重主義が、その根底にある。
例えば『亀の甲より年の功』という諺もあるように、『経験則』というものは何物にも代え難い貴重なものであるとは思うけれど、しかしそれはあくまで『判断材料』であって、そういう意味では『過去の遺物』と言っても過言ではないはずだ。
モラルや常識といった一般的な概念だけでなく自分自身の感情ですら、同じように所詮は判断材料であり、前提であってはならない。
『先入観』に隷属してしまうのは、なにも思考無き意思決定だけではないのだ。

自分にとっての『他』が、あくまで自分を通して構築されたものである以上、世界は不確実性の霧に覆われてる。つまり、海の向こう側は見えない、ということだ。
よって、見るためにはそこに至る道を探さなければならないが、その道は短くかつ単純であるにも拘らず、見つけられない人が多い。『先入観』という欺瞞の雲によって道が曖昧になってしまうからだ。

だから、全てにおいて他と関わる場合には、明確な意思を持って行動するのはもちろんのこと、その意思を決定するとき、更にはそれに基づいて行動をしている最中にも、常に自分に疑問を投げかけ、絶えず根本から見直して、単純な道を探すことの努力を続けなければならない。


もしくは、運任せ♪  

Posted by R at 15:16Comments(0)TrackBack(0)名言集

2006年07月22日

『逸脱せよ』

これは、禅問答において使われる言葉。
悟りを開くためには、思考が何かに囚われてはならない、常識その他今在るものを超えたところにあるものを考えよ、という意味。

オレらは日常、様々な選択を迫られながら生きています。
その選択肢は本来無限大にあるはずなのに、人は常識や思い込みに囚われて2~3個の中から選ぼうと考えがちです。焦ってるときや重大な決定を下すときなどは特に。
そーゆーときにはこの言葉。逸脱せよ。
今目の前にある選択肢だけが全てだと考えてはならない、とゆーことですね。


この言葉に何度助けられたことか。
押し付けの常識なんて、クソ食らえだ。  

Posted by R at 10:21Comments(0)TrackBack(0)名言集

2006年07月19日

『simple is best.』

さっそく第一弾。

この『simple is best.』という言葉は、物事を究極的に単純化するとあらゆるものに共通するたったひとつの『言葉』が浮かび上がってくる、ということを、驚くべきことにたった一言で言い表している。
意訳ですけど。
物事を構成する要素のうち、無駄な部分を徹底的に省いていった結果最後に芯に残っているもの、それが『真理』ってやつじゃないのかと、オレは考える。
真理だから、『better』ーじゃなくて『best』なんです。


自分が自分として生きている以上、全ての物事の中心には『自分』がいる。そして、中心にいる自分とそれ以外の『他』とのコミュニケーションで世界が構成されている限り、そのコミュニケーションが恋愛であろーが友情であろーが仕事であろーが、そこには何らかの共通点があるはずだ、と考えたオレは、その共通点を探す作業を始めた。
まぁその作業からはたくさんのものを得てきたが、そもそもこの『simple is best.』という言葉がなかったら作業は行われなかったわけで、つまりはこの言葉が今のオレを作り上げたわけです。

ま、オレの体には余分な肉がたくさん付いてますけど。  

Posted by R at 21:54Comments(0)TrackBack(0)名言集

2006年07月19日

温故知新

昔の人は、いい事を言っている。
『温故知新』、あらゆることを考える上で常に念頭においている言葉だ。
『考える』ということはつまりのところ『言語化すること』であるが、どのような道を辿ろうと、辿る道にはすでに昔の人の足跡がある。
いつまでも残る足跡にはそれなりの理由があるから残っている訳で、つまりはそこに『真理』があるということの証明に他ならない。

やっぱ昔の人はすげーよ。いったいいつになったら追い越すことが出来るのかしら。


つーわけで、昔の人のいい言葉をちょくちょく紹介していきたいと思います。
それにしても最近の記事、表題全く関係なし。。  

Posted by R at 21:38Comments(0)TrackBack(0)名言集

2006年07月09日

恋愛

台風がもたらした迷惑極まりない厚き雲の下、何もやることのないオレは戯れに古いアルバムを引っ張り出す。
別に聴くつもりがあったわけではなく、聴きたかったわけでもなく、全くの無作為で手に取り、三角のボタンを押した。
かつてよく聴いた唄が流れ、最早忘れかけたそれらを口ずさむ。
無警戒な心に、過ぎ去りし懐かしき日々が甦った。

『動くことが自分である証』と常に動き続けてきたオレは、それゆえににたくさんの人の傍を通り過ぎてきた。
自分が選んだ人、自分を選んでくれた人、幸せをくれた人もいれば苦悩しかもたらさなかった人もいた。
分相応の恋愛、不相応の恋愛、対等な恋愛、緊張感だけの恋愛、抑圧的な恋愛、非日常的な恋愛。
それらひとつひとつは、本質的には(あくまで本質的に、だけど。)取るに足りない『過去』に過ぎないわけだけど、でも今ここにいるオレを形作る重要なピースである。


恋愛は、『契約書』が枷となる結婚と違って、吹けば飛ぶような軽いものである。
所詮口約束の信頼関係、「つきあってください」という嘆願を受け入れれば、それがはじまりの合図。
もちろんはじまりが簡単であれば、終わりも簡単。
「他に好きな人が出来たから」「好きじゃなくなったから」「仕事が忙しくなったから」、他に優先事項を見出した瞬間、つまりは付き合い始めの時は一番であったはずのお互いが、時を経て一番じゃなくなった時、恋愛は終わりを告げる。

判り易く例えれば、恋愛とは風船みたいなもんだ。そして感情が錘。
自分の気持ちと『恋愛』という風船は、簡単に切れてしまう細い糸で結ばれている。
糸の先に錘を結び付けとかなかったらどっかに飛んでってしまう。空気が抜けてしぼむこともあるし、錘が重すぎて地に墜ちてしまうこともあれば、糸自体が錘に耐え切れずに切れることもある。
それぐらい脆くて危うい軽いもの。

だからこそ、風船を失いたくなければ、恋愛が軽いものだ、ということを忘れてはいけないと思う。
自分の気持ちを見失った時、相手の気持ちが見えなくなった時、感情だけが大きくなりすぎた時、新たな風を送ることを忘れてマンネリ化したとき、そんなんじゃなくてもほんのちょっと油断しただけで、風船は飛んでいく。
だから、自分の気持ちを言葉ではなく行動で示すこと、相手の気持ちを言葉ではなく行動で判断すること、自分の気持ちだけで恋愛をしないこと、新鮮さを失わないように努力すること、そして何より、『この時は、当たり前のように明日もやってくるだろう』と油断をしないことが、必要であると思う。


『軽さ』を常に胸にとめ、気遣いと注意を怠らず、適度な緊張感を持った上で、恋愛を楽しんで欲しい。





・・・、誰に向けていった言葉か気づいた人は、まぁしばらくはそっとしておいてあげて下さい。  

2006年06月15日

中弛み

最近金儲けについて何もやってない。。
アパートもそろそろ完成するし、本業も順風満帆ではあるんだけど、なんかこぅ『めっちゃ仕事してる!』ってゆー感じじゃないんだよね、手堅くまとまりすぎて。
『安定期』って言えば聞こえはいいんだけど、なんだかなぁ~。『中弛み』って感じがする。

とは言っても今は準備期間で資金ためてる最中だから、新しいことやろーと思っても何も出来ないし。
梅雨でバイクにも乗れないから気晴らしも出来ないし。


アイデアが頭ん中にあるだけに、実に歯痒い。  

2006年06月13日

面接!

といってもオレが面接を受けたのではなく、面接したほうなのだが。

今度うちの会社で新しく事務員を採ることになったのだけれど、面接から採用まで何故かオレが任されることに。
社長には「なにかあった場合は責任取ってもらうから」とか言われるし、なにより面接官なんて初めての経験だし、まぁでも7~8人の中からひとり択ぶくらいだろ、と高をくくってたら、なんと応募は40人以上!
就職難のこの世の中、随分とたくさんの人が職を探しているみたいで。。
オレの判断がひとの人生を変えちゃったりするのかも、って考えるとちょっと緊張したけど、とりあえずやってみました。

質問の仕方はおろか面接なんてどーやってやりゃいいんだ?ってゆーとこから始めたのだけど、とりあえず自分なりに考えて、『やる気』と『仕事に対しての理解』に焦点を絞って、でも余計なことたくさん聞いちゃったけど、まぁいろいろと話をしてみました。
「当社を希望した理由は?」 → 「事務という仕事に興味があって」「事務をやってみたくて」「今までの経験を生かして事務をやりたくて」etc。。
「職歴見るといろいろな職を経験されているようですが、なぜ退職されたのですか?」 → 「人間関係でいろいろと悩んで」「職場の環境があまり良くなくて」etc。。
みんな一緒じゃん!どこで判断すりゃいいんだよ・・・

ひとを、たった数十分の時間だけで判断するのって難しい、ってのを痛感いたしました。

まぁでもよく考えたら面接ってその人を判断する作業ではないので、判断云々じゃないとこでさくっと決めてみました。いわゆる、『フィーリング』ってやつで。
ひとつ断っとくけど、もちろんオレとのフィーリングじゃなくて、会社とのフィーリングですょ。
別にオレの彼女を探す面接ではないので。変な誤解をしないよーに。
まぁでもぶっちゃけ、社長には『おまえ顔で選んだだろ』って言われたくらい、かわいい子を採用したけど。

今、その子は元気に働いてます。会社にも馴染んでるし。その働きっぷりを見てると、どーやらオレが責任取らなきゃいけない、ってことはなさそうだ。


バイトでも仕事でも、なにか仕事を始めようと思ったときには、この『面接』ってやつは避けては通れない。
結構プレッシャー感じちゃう人多いけど、でも認めてもらうのは意外と簡単。
会社の、もっと言えば求人のコンセプトに添う形で面接官に気に入られれば、さくっと雇ってもらえるはず。
だから、面接では今から受ける会社のことと業務内容をしっかり把握して、その上に自分を乗せて話す。もちろん、やりたいこともね。
過去やってきたこととかをアピールしまくる人って多いけど、でも面接官が見るとこは、会社にとってのその子の現在と未来の可能性。
少ない面接時間で自分を伝えていくためには、話のどこに力点を置くかが重要になってきます。
今から面接を受けようと思っている方は、余計なことはあまり語らず、上記のことだけに絞って話をしてみてください。


・・もちろん、落ちても責任は取りませんけど。。



また面接やりたいなぁ。  

2006年05月02日

沖縄市について

 市長選ついでに、沖縄市について独善的に語ってみようと思います。

 はじめに、都市計画について。
市街地再開発事業(M・タウン構想)や東部海浜開発事業など、今現在沖縄市にはいくつかの都市計画が進行中だけど、どれも非常にナンセンス。

 まずミュージックタウンを含む中心街の活性化事業。これには一番街~銀天街にかけての空き店舗対策も含まれます。
 まぁこれは計画以前の話になるんだけど、都市計画を作成している人たちの考え方が、激烈に古すぎる。

 世の中が郊外分散型の流れになりつつあるにもかかわらず、それでも古き良き時代への懐古主義からかはわからんけど、中心街を『商業地域』として活性化させようと考えていることがあまりにも滑稽でならない。
『住民の便利』と『流通』というものを併せて考えたとき、万年渋滞区間である中心街への商業展開は、特に車社会である沖縄においては、センス以前に、何も考えてないと言っても過言ではないように思える。
 コリンザの、その他3セクの失敗から何も学んでいないんじゃないのか?
 つーか、オレでも思いつくよーなことを他の人が、特に長年市政に携わり沖縄市の変遷とともに生きてきた役所のトップ連中が思いつかないとゆーのが、最早驚嘆に値する。
 中心街を商業地域として活性化させることは、はっきり言わなくとも無理。

 まず都市計画には明確かつ磐石なビジョンとコンセプトが必要だ。
『この街をどのような街にしたいのか、将来どのように発展させていきたいのか』という計画の土台となる部分をしっかりと整備し、そして何が起こるかわからない不確実な未来にも対応することが出来るだけの余裕と柔軟性を持った計画にしていくこと、それが都市の計画の基本だろ。それは決して『シャッターが開けばいい』と言ったような超短期的目標ではないはずだ。

 だから、中心街には中心街としての役割を持たさなければならない。例えば市役所や合同庁舎のように、たとえ行きたくなくても足を運ばなければならない、渋滞してよーが行かなきゃならないよーな街を作ること、それが真の意味での中心街の活性化に繋がるのではないのだろーか。
 あくまでこれは一例だけど、例えば東門さんの話に乗っかるとしたら、『福祉タウン』という考え方もありだと思う。
 基地相手に繁盛しているゲート通りはおいといて、一番街からパークアベニューにかけての一帯、もしくは銀天街一帯を福祉タウンとして整備し、デイケアや託老所、作業所用地として開放する。もちろん移ってきた人達に対しては助成金を出す。
 要は、『お年寄りが住みやすい町』として市街地を再開発する、ってこと。
これからの高齢化社会のモデル地区として、沖縄市のアピールポイントのひとつにもなるし、空き店舗対策にもなるし、ミュージックタウンみたいな『箱』を作るよりも全然いいと思うけどなぁ。


 その点、東部海浜はアリだと思う。つーか計画は大いに見直す必要があるけれど、埋め立てはアリ。
『郊外』であり、今や一大住宅地域となった東部地域に新たな土地ができることは、いいことだと思う。
それが、中城湾港新港地区の浚渫土砂の再利用、といういわばリサイクルで土地ができるということだから、なおさら言うことはない。つーか、埋め立てしないと新港地区が使えないんだから、泡瀬干潟だけの問題として考えたら道理が通らなくなる。
 確かに環境は大事である。しかしつい20年前まで、渡口から泡瀬にかけての一帯は広大な干潟であった。そこを埋め立てた結果が、今の『快適な住宅地』としての泡瀬の姿なのだ。干潟の埋め立てによって環境が激変した現在の泡瀬干潟は、最早昔の干潟と同一のものではない。比屋根の湿地帯がいい例だ。
そもそも、20年前は見向きもしなかったのに今になって『環境は大切』と言い張ることこそ、著しく一貫性にかける、反対のためのお仕着せの理論に過ぎないよーな気がする。

 ・・・、まぁ話が逸れたので元に戻すと、東部海浜開発計画、現状の計画は大いに見直さなければならない。でも埋め立てはアリ。


と都市計画だけで結構書いちゃったので、続きはまた別に機会にします。  

2006年05月01日

『おしゃれ』について

雨の日になるといつも、東京にいるあるひとりの友人のことを思い出す。

学生時代にバイトしてた店の常連さんだった人で、祖父と孫ほどの年の差があるじじぃなのだけれど、この人がまたとんでもなくオシャレな人だった。
いつもパリッと糊の効いたシャツに洒落た背広を着こなし、ネクタイ・カフス・タイピン・ハンカチ等の小物にも抜かりはなく、常にさらっと季節に合ったコートを羽織って、帽子とステッキを肌身離さず持ち歩く。
顔は取り立てて良い、というわけではないのだが、全体の雰囲気と言い背中が醸し出す『オーラ』といい、まったく隙は見当たらない、『ダンディー』という言葉を体現したかのような御仁。

そんな人がこう言っていた。『本当のオシャレとは、利便性の対極にある』。

そのじじいは、雨でも絶対に傘を差さない。
羽織ってるコートの襟を立て、帽子を目深にかぶり、雨の街を闊歩する。
その人にとって『傘を差す』という行為は、おしゃれじゃないのだそうだ。
小雨は襟立てればしのげるし、土砂降りだったら雨宿りすればよい。
第一傘を差している姿ってのは、いかにも間が抜けていて格好良くない。
だから、傘は差さない。

そのじじいは、こう言っていた。
「ステッキなんてのは常に邪魔で邪魔でしょうがないんだよ。ステッキっていうものは足腰の不自由なご老人方が持っているような『杖』とはコンセプトがまったくの別物だから、実際には何の役にも立ちやしない。」
でもいつでも持ち歩いている。
ただ単にステッキを玩びながら歩く、ということが格好良いのだそうだ。
それだけの理由で、何の役にも立たないたかが棒ごときに100万以上も費やす意味が、はじめはまったくわからなかった。

そんな頑固な奇人のよーなじじぃだが、ある時その人の話に深い感銘を受け、それ以来オレの目標のひとつの形となっている。

何気ない会話の中で、オレが実はお茶を点てることができる(と言っても自己流だけど。。)と話したときに、その話を聞くやいなやさも嬉しそうにニヤっと笑い、こんな話をしてくれた。

「茶なんてのは、120円出して自販機のボタンを押せば、簡単に飲める。
もっとおいしいのを飲もうと思うんだったら、喫茶店に行けばいい。
それなのにあえてわざわざ『お茶を点てる』というめんどくさい事をする、ということが、おしゃれなんだよ。
傘を差さないということも、わざわざお茶を点てるということも、仕事その他の環境云々、流行り云々じゃない自分のスタイルを貫き通すということも、それらは決して『便利』なことじゃない。
『利便性の追求』という世の流れに逆らってでも、自分が納得のいく自分を貫き通す、それがお洒落の真髄なんだ。」

確かに、自分に似合う服を見繕うのではなく自分の着たい服を着こなすのがほんとのオシャレだし、金や燃費を気にしてては自分が本当にカッコいいと思える車には乗ってられない。
いろいろなものがどんどん便利になっていく世の中で、妥協せずにひとつひとつのことに拘り、あえて回り道を選ぶ人は、少ないと思う。
自分をきれいに着飾ることがおしゃれではないと、自分の思う道を進み続けるのが本当のお洒落なんだと、その人に教えてもらった。


だからこんな憂鬱な雨の日には、お洒落に生きるということの難しさについて、つい考えてしまう。
そのじじぃは、オレの事を「おまえはオシャレなやつだ」と言ってくれていた。
その言葉に見合うようになるために、努力し続けて行きたいと思う。  

2006年04月27日

おもしろ画像

和み系ながら、普通に凄すぎるんですけど。


ピタゴラスイッチ詰め合わせ
http://video.google.com/videoplay?docid=6176491654107670145  

2006年04月12日

沖縄市長選

またまた政治のことについて。
有能な政治家が1人でもいれば、社会は変わる。
特にトップとなればそれは顕著に現れる。今の知事と、沖縄県の現状を比較して見れば、よくわかるだろう。

そんなわけで、沖縄市長選予定候補者の公開討論会に行ってきました。
やはりその人のことを知るためには、生の声を聞くのが何よりも大切ですから。


で、討論会の感想。

桑江さんは、話下手だし喋りも歯切れ良くないし原稿読みだし、説明不足・言葉不足も多々あったけれど、その主張には熱意と一貫性があった。
東部海浜に関しても、東恩名地区の跡地利用問題に関しても、ミュージックタウン構想に関しても、福祉のことに関しても、言葉足りないところはあったものの具体的な根拠を示しながらしっかりと自分の政策として話していた。
前評判では『全然ダメ』と聞いていたため、「意外とやるじゃん」「結構しっかり考えてるじゃん」と言うのが正直な感想だ。
しっかりと周りが支えれば、そして本人が天狗にならなければ、しっかり市政をやってってくれそうだ、という印象を受けた。

東門さんは、やはり元衆議院議員ということで弁舌さわやかで、一言一言しっかりと発言していた。
がしかし政策は、概念的なところははっきりと話していたのだが、肝心の部分である具体策やその根拠といったところは非常に曖昧だった。
空き店舗対策のことでも「文字通りシャッターを開ける」とはいうものの『どのようにして開けるか』という具体的な話はほとんど出ず、その他のことに関しても話はするものの、突っ込んだ話は出ず終いだった。特に東部海浜に関しては、計画の是非を問われたにもかかわらずそれには答えずに、『反対とは言ってない云々』というとても曖昧な答弁に終始していた。
そんな中でも一番印象に残った言葉は、『市長になってから市民と相談する』『市長になってから市民と相談しながら考える』。・・・東門さん、それは政策とは言えないだろ。。
私としては元衆議院議員、そしてその前の華やかな経歴を見ると『立派な人だろう』といった印象を持っていたのだが、単なる理想主義者、口当たりの良い言葉を並べているだけに過ぎない、というのが正直な感想だ。


元市議vs元副知事&衆議院議員、器の大きさからして後者のほうが圧倒的に有利だと思っていたが、その政策の薄さが浮き彫りになってしまった以上、ちょっとわからなくなってきた。
まぁ果報になるかどーかはわからないが、来週末には結果が出るので、寝て待つことにします。  

2006年04月07日

宜野湾市民の呟き

宜野湾市民の友人が、飲んでるときにこぅ呟いた。
『今の宜野湾市長って、宜野湾市の長じゃないよね。。』

確かに。
宜野湾市の長たる立場にいる人間は、普通に普天間の跡地利用や市民である地主の今後のこと、そして普天間移設が及ぼす経済効果、派生するであろう現実的な経済問題について第一に考えるのが本筋であろう。
別に辺野古云々について考えてもいいし、あれこれ思いを発言するのもいいんだけど、本業そっちのけにしちゃいかんやろ。
はっきり言って、感情的に『辺野古移設反対』と叫びまくる印象しかありません。
トップの感情に振り回されて実際に迷惑被るのは、他ならぬ市民ですから。
誰のための市長だょ。


足元見ない人間は、トップとしても政治家としても相応しくないんじゃね?  

2006年04月06日

言葉の重み

久々の更新。
年明けてからいろいろと忙しくてね。。
とまぁ言い訳はこの辺までにしときます。

さて、もぅ春ですね。
春といえば、出会いの季節。
オレも様々な人に出会っております。

さて、人との係わり合いを通して最近強く思うことは、『言葉の重み』。
オレもようやく、他人に対して説得力のある言葉でしゃべれるよーになってきたみたいだ。

言葉ってゆーのは、自分と他人を繋ぐ一番身近なコミュニケーションツール。まぁ言ってしまえば自分を外に出していこうとする時に通る『門』の中でも一番でかくてわかりやすい、『正門』やね。
その正門から出て行くものが人を納得させられる、とゆーことは、今のオレを形作るものが人を納得させるだけの重みを持ってきた、と言っても過言ではないはず。
そうは言っても、まだまだ埃の如き軽さだけどね。。

ま、人にそう言われて小躍りどころか躍り狂っちゃうほどうれしかった。
オレって、自分も知らない間に成長なんかしちゃってんのね。
もっともっと自分を煮詰めて密度を高めて、自分に期待してくれる人達、自分に目をかけてくれる人達、そして自分自身が目指す『理想』に見合うような人間になりたい、そう強く思う春この頃です。  

2006年01月13日

『機知のない平和な沖縄』

『基地のない平和な沖縄を目指して!』と、自称平和活動家の方々は声高に叫びます。
彼らは、武器を持たないことが=平和である、と考えているようです。

世の中、そんなに甘くありません。


武器を放棄すれば平和が訪れる、それはあくまで安易な理想主義です。
自分の身は自分で守る、これが生きていく上で最低限度の基本です。
それは国も一緒。

これら自称平和活動家の方々は、『国防』という概念も基地経済に依存する沖縄の現状も全てひっくるめた上でそぅ発言しているのでしょうか。
ただ単に人を傷つける可能性のあるもの全てを否定したいだけなのでは?
目先に映る『米軍基地』というものを目の敵にして。
それはただの感情論でしょう。


『基地のない平和な沖縄』=『機知のない平和な沖縄』。
自称平和運動家、沖縄のマスコミ、そして基地反対派の政治家達。
とりあえず『戦争』というキーワードにほんのちょっとでも結びつく可能性のあるものは全て、徹頭徹尾拒否したがる人々。
全てに当てはまるわけではありませんが、硬直化した頭を持つ理想主義者、という意味で、この言葉がぴったりだと思います。


ま、何が何でも賛成することがいい、と言いたいわけではないけどね。  

2006年01月10日

今年の抱負

あけましておめでとうございます。
2006年、いよいよはじまりました。
今年は沖縄にとってとても重要な年になります。

特に、米軍再編の問題。
基地問題に関して言えば、今年の決断が沖縄の将来を左右するといっても過言ではありません。
普天間移設、海兵隊削減、嘉手納以南の主要基地全面返還、というパッケージを基本として、基地が動こうとしています。
それに関連して。
これはなぜか内地の新聞には大きく取り上げられ、沖縄の新聞には一文字たりとも記されていないことなのですが、日本政府は上記のパッケージにさらに『那覇~名護間を結ぶ南北縦貫鉄軌道計画』をオプションで準備している、らしいです。
まぁ鉄軌道計画の是非はさておき、なんで沖縄の新聞はこんな大事なことを書かないんですかね。

『沖縄の新聞は偏っている』と言われて久しいですが、公平な視点から見た正しい情報を提供することをおざなりにして、手前勝手な判断で情報を選り好みするようじゃ、そういわれても仕方がない、マスコミとして失格だと思います。

まぁ話を元に戻して、そういう意味でも知事には、問題を15年先送りしたり、反対のための反対に終始して最終的な判断を国に押し付けたりすることのないよう、感情論ではなく真に沖縄の将来を考え、その場判断ではなくしっかりと将来を見据え、公平な視点と正しい観点で判断し決断していって欲しいものです。


オレと同じく、今年の抱負は『結果を出す』で、お願いします。
今後の沖縄を背負ってくのは、オレら若い世代なのだから。